成人の日祭

成人の日祭の祝詞を奏す神職

1月10日(日曜)曇り 午前8時 本年はコロナ禍により元服式を行わず、成人の日祭として、新成人の向後の活躍と幸せをお祈りしました。当神社の元服式は、昭和63年から始められ、新成人を迎えた成年男子に対し、元服式(加冠・命名・受盃の儀)を行います。

元服とは、奈良時代以降に武家の成人を示すものとして行われた儀式で、主に冠・烏帽子を与え向後の武運を願うものでした。また、成人の日は昭和23年に1月15日を祝日として制定され、大人になったことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝い励ますことを趣旨とされています。1月15日はもともと小正月に元服式を行っていたことに由来します。

次回は、2月2日(火曜)節分祭・火焼神事(ほやきしんじ)をお届けします。

新年月次祭

境内中庭から見渡す拝殿
雪化粧した西境内
池田宮司の祝詞奏上
大雪の中ご参列の役員・総代の皆様

1月9日(土曜)雪 午前10時 数年ぶりの大雪となり境内は一面雪景色、参拝者もほとんどありません。今日の祭典も悪天候の影響で欠席者が相次ぎましたが、責任役員を始め、総代の皆様方、28名のご参列を賜り拝殿において行われ、新年を寿ぎ皇室の弥栄と国家の安泰、氏子崇敬者の幸せをお祈りいたしました。本来であれば、祭典終了後に百名を超える総代さん方により、新年をお祝いする総代互礼会を行いますが、コロナ感染予防のため互礼会は取り止めと致しました。

正月三が日の参拝者も例年と比べ大幅に減少し、寂しい限りですが、一日も早いコロナ感染症の終息と平穏な日常が戻るよう願うばかりです。

次回は、明日1月10日(日曜)成人の日祭をお届けします。神主М

昭和天皇祭遙拝式・七草粥

昭和天皇祭遙拝詞を奏上する神職
炭火炊きの大釜での調理
出来上がった「七草粥」
例年の七草粥の人出

1月7日(木曜)曇り時々雪 午前9時 昭和天皇が崩御なさった日、武蔵野御陵(むさしのごりょう)で斎行される昭和天皇祭に合わせて、御神霊をお慰めする遙拝式を儀式殿おいて行いました。

また、恒例の七草粥の振る舞いはコロナ禍の影響により取り止めとなり、楽しみにされていた氏子の皆様に申し訳なく残念です。当神社の七草粥は直径80センチの大釜に十升の新米と七草を入れて、炭火で炊き上げます。約千名分を用意して二時間ほどでなくなります。毎年「温かくて、美味しい」と好評を得ております。来年の七草粥は、また多くの氏子の方々がお参りして、美味しい粥を召し上がってくれますよう願っています。

次回は、1月9日(土曜)新年月次祭をお届けします。神主М

鎮火祭・鎮火神事

鎮火祭で祓いを受ける参列者
鎮火神事のお供え物
木札に点火する池田宮司
鎮火神事
第六分団代表の玉串奉奠

1月5日(火曜)曇り 午前10時 儀式殿において鎮火祭、引く続き斎庭において鎮火神事を長崎市消防局・長崎市中央消防署・長崎市消防団第6分団・桜町地区連合自治会の関係者12名のご参列を賜り、この一年の防火と消防活動の安全を祈願いたしました。

このお祭りの始まりは、安政4年(1857)9月20日、古い注連縄・神具等を焼却中に強風にあおられた火の粉が斎庭の注連縄に降りかかり、その火が瞬く間に拝殿・本殿へと燃え移り大火となりました。当時居合わせた宮司以下神職、氏子等が消火に当たりましたが火の手を止められず、社殿及び社務所等は全焼しました。しかし、火の手が本殿に届く前に宮司以下神職は、諏訪・森崎・住吉の御神璽(御神体)を西山神社に遷御(せんぎょ・お運び)され、神さま方をお守りいたしました。この安政の大火後、鎮火祭として社殿防火と氏子中の火災防止を願い今に続いています。

次回は、1月7日(木曜)昭和天皇祭遙拝式・七草粥をお届けします。神主М

元始祭(げんしさい)

神職の玉串奉奠

1月3日(日曜)晴れ 午前9時 御本殿において行われました。このお祭りは、もともと明治維新後に定められた皇室祭祀の一つで、1月3日に天皇様自らが宮中三殿(賢所かしこどころ・皇霊殿・神殿)において親祭され、皇位の始源を寿ぐ祭儀です。現在では、各神社においても皇室の弥栄をお祈りする祭儀として行っています。

さて、お祭りでは宮司・神職並びに参列者が玉串を神前に捧げ、二礼二拍手一礼の作法でお参りしますが、それについて説明いたします。神前にお参りする際、捧げる木綿(ゆう・麻)や紙垂(しで)を付けた榊の小枝を玉串といいます。玉串の語義の由来は、神さまが木に宿られるということから転じて、神さまに対するお供えという意味で、真心を玉串に宿して神さまに伝える作法といわれます。手を二度打つ拍手の由来は、邪馬台国ことが記される中国の魏志倭人伝の中に、貴い人に対して敬礼の拍手の事が記され、三世紀のころには感激・歓喜・喝采などの感情を表す敬礼作法として、手を打つ作法があったことが伺えます。神前での拍手もこれと同様に考えられます。

次回は、1月5日(火曜)鎮火祭・鎮火神事をお届けします。神主М

氏子安泰祈願祭

湯立神事の祭場のお祓い
湯立講社役員の玉串奉奠
新年初穂料の奉納者芳名
新年献備品の奉納者芳名
拝殿にお供えされた献備品

1月2日(土曜)曇り 午前10時 コロナ禍の影響により、湯立講社員の皆様へのご案内を控え、神社役員・講社役員6名のご参列を賜り、氏子の皆様のこの一年の安全と長崎の諸産業の発展、更に講社員の家内安全と無病息災・開運招福が祈願され湯立神事が行われました。本来であれば百名を超す参拝者で拝殿はいっぱいとなりますが残念です。講社員の皆様にはご理解とご協力を賜り感謝いたします。

さて拝殿内には、氏子崇敬者からの新年初穂料を始め、樽酒・御神酒・お菓子など新年を寿ぎ、神恩感謝の思いを込めた多くのお供え物を賜り、衷心より厚く御礼申し上げます。皆様のこの一年のご発展とご多幸をお祈り申し上げます。

次回は、明日1月3日(日曜)元始祭をお届けします。神主М

歳旦祭(さいたんさい)

宮司の祝詞奏上・紋服にて参列の神社役員と年当番町
年当番幹事町の玉串奉奠

新年明けましておめでとうございます。

令和3年1月1日(金曜)曇り 午前9時 歳旦祭を神社役員・年当番町の総代さんに紋服にてご参列を賜り行われ、新年をお祝いし皇室・国家の安泰と諸産業の発展、更に氏子の一年間の平安をお祈りいたしました。

今年は「辛丑年」(かのとうしどし)丑年の特徴は、「粘り強さと誠実」です。丑は古くから酪農や農業で人々を助けた動物であり、つらい農作業も最後までこつこつと手伝ってくれます。そのことから粘り強さや誠実が特徴とされるようになりました。昨年からコロナ禍に見舞われ、生活様式が一変致しました。今年は丑年にあやかり、粘り強くコロナと向き合い、様々なマナーや要請を誠実に守り、一日も早く「あたりまえの日常」が戻るよう頑張りましょう。そして、長崎くんちを始め全国のお祭り、更にオリンピック・パラリンピック・全国の催事がいつもと同じように開催されるように力と英知を結集させましょう。

次回は、明日1月2日(土曜)氏子安泰祈願祭をお届けします。神主М

大祓式・除夜祭(おおはらえしき・じょやさい)

大祓式終了後の宮司挨拶
除夜祭詞奏上
責任役員の玉串奉奠

12月31日(木曜)曇り時々小雪 午後4時 拝殿横において大祓式そして、拝殿にて除夜祭が氏子の皆様のご参列をいただき行われました。大祓は、7月からの半年間知らず知らずに犯した罪穢れを人形に託して祓い清め、清々しい心身で新年に備える神事です。除夜祭は、年間最後のお祭りで諏訪の神々の神恩に感謝し、良き新年を迎えられるようお祈りいたしました。

さて本年は、コロナに始まりコロナに終わる一年でした。ウイルス感染症がここまで、社会全体や全人類に悪影響を与えることになるとは想像もできませんでした。4月から5月には緊急事態宣言が発令、私たちは行動が制限され、物流も止まり世界全体が悪夢に襲われ、腹立たしさをどこにぶつけたらよいのか戸惑う日々が続きました。更にこのコロナ禍は、一旦落ち着きを見せたものの、11月からは第三波に襲われ感染者を出し続けています。当神社では、4月から毎朝のお祭りにおいて「コロナ禍鎮静祈願」を行っており、一日も早い終息をお祈りしています。来年令和3年辛丑年は、コロナ禍鎮静の年、飛躍の年になりますよう願っております。

次回は、令和3年1月1日(金曜)歳旦祭(さいたんさい)をお届けします。神主М

煤払い神事(すすはらいしんじ) 

御本殿の煤払い
拝殿の煤払い

12月29日(火曜)曇り 午前10時 月次祭終了後に行われました。池田宮司以下神職3名が御幣を付けた忌竹(いみだけ・穢れていない神聖な竹)により、新年を迎えるに当たり社殿内のちり・ほこりを払い落としました。神さま方もきっと清々しいお気持ちになられたことでしょう。

この煤払いは、ご家庭での年末行事でもあり、一年に一度家の煤を払い、内外の清掃をすることをいいます。全国的には12月13日に行われることが多く、新年を迎えることから、併せて大掃除を行うことも多い年の瀬の行事です。正月迎え・ええことはじめ・まつならし等と呼ぶ地域もあり、掃除と共にお正月に年神様をお迎えする行事とも言われています。

次回は、12月31日 大祓・除夜祭をお届けします。神主М

大鏡餅つき

餅つき前にお祓いを受ける、餅つき隊有志の皆様
餅つき隊の勇壮な餅つき
神主による大鏡餅作り
完成した大鏡餅と小餅、ご苦労様でした。
飾りつけをした大鏡餅

12月27日(日曜)曇り 午前8時 当神社の崇敬会の一つである瑞穂会役員の諫早市在住の小川充弘氏が奉納したもち米約150キロを使い、正月に拝殿に飾る大鏡餅を始めお祭り用の鏡餅が有志18名によりつき上げられました。小川氏の奉納は昭和38年から始まり今年が57回目、半世紀を過ぎ当神社の年末行事となっています。大神餅は、直径約80センチで重さ15キロを4つ作り、飾りつけをして正月二日間拝殿に供えられ、三日の日には小さく切ったお餅を参拝者におすそ分けをしており、大変喜ばれています。小川さん本当にありがとうございます。お元気にご長寿を重ねられますようお祈り申し上げます。また、ご奉仕を賜りました餅つき隊有志の皆様、誠に有難く心から感謝申し上げます。来年も宜しくお願い申し上げます。

鏡餅は、お餅を神さまにお供えする正月飾りで、穀物神である年神さまへのお供え物、依り代でもあります。鏡餅という名称は、鏡に似ていることからきており、三種の神器の一つ、八咫鏡(やたのかがみ)を形どったものとも言われ、鏡餅の上にのせる橙(だいだい)は、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)で、天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)に見立てたものが串柿であるとされます。

次回は、12月29日 煤払い神事をお届けします。神主М